妹は、母が言うには、“逆子のようです”と医師に訴えたにも関わらず、心音が正常の位置に聞こえるから大丈夫と言い張り、予定通り自宅出産したところ、三日がかりの難産で逆子、仮死状態で生まれ、先生が足をつかみ逆さに振ったり、頭を叩いたりしてやっと産声をあげたそうだ。
（今の時代なら訴えていたかも）

明美の時は病院出産で、熟練の年配の産婦人科医で、あまりにも安産だったので、今度は自宅出産を選んだが、その先生が止めて、後任は、まだ若い先生だったそうだ。

妹がいると言っても、口が利けない、自分の事は何も出来ない、喜怒哀楽は顔の表情や身体で表し言葉は発しない。意志の疎通が出来ない。

怒は激しく、自分の手首にかぶりつく、顔を親指で突っつく、何度も何度も。
顔は紅潮し、凄い形相になる。体全体で表現していた。
自傷である。

手首は象の皮膚みたいに硬く変色していた。
妹の方が色白で可愛いのに。

母は堪り兼ねて手首に包帯を巻いてあげていた。

その上から思い切りかぶりつくので、歯茎からの出血で何時も茶色く汚れていた。

顔の時は思わず手を押さえた。爪で皮膚がめくれ上がり、赤剥け、血が流れ落ちるからだ。
面の皮は厚いのか、大した傷跡にはならなかった。

妹は歩き回れるが、それは家の中だけ。
本来なら歩けないはずだったが、母の努力で歩けるようになったのだ。
いつも何かに寄りかからせて立たせておいたら、ある日、よろよろっと前によろけたのをきっかけに、嬉しそうに部屋の中をグルグル歩き始めたのである。

外はダメ。怖いし、靴を履いたらなおの事、一歩も歩けなかった。
ただ突っ立っている事は出来た。

食事は、形のある物は母が噛み砕いて口の中に入れていた。
特に印象に残っているのはとうもろこし。
美味しい汁は母の口の中に入り、妹はカスしか入らなかったのではないかと何時も思った。
明美もたまにそうしてあげた事があったが、中々難しい。

妹の好物はおもち。
一度母が口の中に入れて熱さを確認してから入れてあげるのでまだマシ。
一番いいのはおじや（雑炊）フーフーするだけで直接口に入れるから。 美

味しいと妹は手を叩いてニコニコしながら首を振り、じっと食べさせてくれる人の顔を見つめる。

他に、おうどん、カレーライスの時は嬉しそうにしていた。

飲み物は何とかコップ、お茶碗から飲んでくれた。ストローは出来なかった。

妹が大きくなると、座ってじっとしていることが出来ないので、立ったまま食べさせる事が多かった。
すると、美味しいの表現が、ピョンピョン跳ね、部屋を一周して来ることもある。
その時も食べさせてくれる人の顔をニコニコしながら見るけど、体はシーソーのように揺らしながら、歩きながら、手を叩きながら、ピョンピョン跳びなから、何とも忙しいのである。

あんまり跳ぶとおしめが下がって来て垂れ下がり、アリさんみたいになっていた。
ウンチ、おしっこで重くなっているときは大変。
今のように、紙オムツなんてないし、大人用のおしめも、カバーもないので、母はシーツを裂いて作っていた。

カバーも本町市場の歩道沿いに並ぶ出店のビニールの切り売りをしている布屋さんで、表が黒く、裏が灰色の丈夫なビニールを買って来ては妹のお尻の大きさプラス、おしめの厚み分の大きさのカバーを手作りしていた。
妹はおしめが蒸れて痒いので、おしめの中に手を突っ込んで掻くからタダレがひどくなるし、ウンチが入っている時は最悪で、手がウンチだらけ、気が付くのが遅かったらもっと大変。
その手を顔に持っていき親指は口の中、他の指は顔全体を覆っている。
即、お風呂場に連れて行き洗いながす。

冬場はガタガタ震えながら、洗ってもらってた。

そこで考えたのが母特製のツナギ。
可愛いプリント柄の布で、手が入らないように作った。
モモの方からも突っ込むので膝丈で。ツナギを着た妹は可愛いかった。
妹の好きなオモチャは、プラスチックのブラシと、柄付きの手鏡。
ブラシで自分の髪をとくのではなく、鏡で自分の顔を見るでもない、両方同じように使う。
右手の親指と中指でバランスをとりながら立てに持ち、薬指でリズミカルにパタパタ動かしていた。
大人になっても離さなかった。

つづく
脳性小児麻痺の妹のイメージが分かりましたか？